東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1610号 判決 1988年1月28日
控訴人 菅家隆史
被控訴人 国
代理人 武井豊 坂田栄 ほか三名
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
一 控訴代理人は、「1 原判決を取り消す。2 被控訴人は、控訴人は対し、金一二〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一一月八日から完済まで年三割の割合による金員を支払え。3 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決並びに敗訴の場合、予備的に担保を条件とする仮執行免脱宣言を求めた。
二 当事者双方の主張は、原判決事実摘示欄の「第二 当事者の主張」(原判決二枚目表八行目冒頭から二四枚目表三行目末尾まで及び引用にかかる別紙第一、第二物件目録)に記載のとおりである(ただし、九枚目表三行目の「南調査士が」の前に「控訴人は、」を加え、四行目の「するために提出した」を「するために、」と改め、七行目の「及び」の前に「を提出したことについては、これを争うものであるが、仮に、南調査士が右目的で山図面を提出したとしても、右山図面」を加え、五四枚目表四行目の「ヂヤコツエ」を「ヂヤコツエ」と改める。)から、これを引用する。
三 証拠関係 <略>
理由
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきであると判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決理由説示欄(原判決二五枚目表二行目冒頭から五二枚目表一〇行目末尾まで及び引用にかかる別紙第一、第二物件目録及び地積比較表)に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 二九枚目表四行目の「養母」を「実母(正しくは養母)」と改める。
2 三六枚目表六行目の「不動産」の前に「登記簿における不動産の表示の正確さを確保するため、土地家屋調査士の制度を定め(昭和五四年法律第六六号による改正前の一条)、あるいは、」を、九行目の「一条」の前に「右法律第六六号による改正後の」を、それぞれ加える。
3 三六枚目裏三行目の「一条の二」の前に「前記改正後の」を、七行目の「二二条」の次に「、ただし、前記改正前の罰金の上限は五万円であつた。」を、一〇行目の「日付」の次に「(着工、完了年月日)」を、それぞれ加える。
4 三七枚目裏四行目の「本件(一)」の前に「村上支局備え付けの」を加え、五行目の「南調査士が」から八、九行目の「提出したこと、」までを削る。
5 三八枚目表六行目の「山図面」の次に「(駒沢は、本件(一)、(二)の土地を含むこの周辺の山林の所有者である市井からその山林の管理を委託されていた者である。)」を加える。
6 三九枚目裏一〇行目の「以上の事実によれば」を「以上認定の(1)、(2)の事実及び先に説示した土地家屋調査士制度の趣旨を併せ考えれば」と改める。
7 四〇枚目裏九、一〇行目の「原告の右主張は採用することができない」を「他に右控訴人主張の事実を認めるに足りる証拠はない」と改める。
8 四二枚目表二行目の「遠山登記官」の前に「前示の土地家屋調査士の制度の趣旨にかんがみ、」を加える。
9 四二枚目裏九行目の「急峻な」を「急斜面の」と改める。
10 四三枚目裏六行目の「右事実も」を「<証拠略>によれば、南調査士は、明治三六、七年生まれで、本件第一更正登記の申請当時六六歳くらいであり、その後昭和四七年二月の本件第二更正登記の申請当時もなお壮健で、土地家屋調査士の業務に従事していたことが認められるから、右南調査士が高齢であるとの事実も、」と改める。
11 四六枚目表六、七行目の「鈴木イヨ」の次に「のほか、大字馬下区長」を加える。
12 四七枚目表末行の「右公図上」から同枚目裏一行目の「表示されている」までを「本件(二)の土地の北側が」と改める。
13 五二枚目表四行目の「他に」の前に「本件第二更正登記の申請当時、南調査士は六八歳くらいであつたが、壮健で土地家屋調査士の業務に従事していたことは、先に認定したとおりであつて、」を加える。
二 よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大西勝也 高山晨 山崎宏征)
【参考】第一審(東京地裁昭和五六年(ワ)第一四八九四号 昭和六二年五月一三日判決)
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、一二〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一一月八日から支払ずみまで年三割の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件の概要
(一) 横山弥惣友(以下「横山」という。)は、昭和四五年一〇月二四日、新潟地方法務局村上支局(以下「村上支局」という。)に対し、南龍三郎土地家屋調査士(以下「南調査士」という。)を代理人として、その所有にかかる別紙第一物件目録(一)記載の土地(以下「本件(一)の土地」という。)の登記簿上の地積を錯誤を原因として四〇二〇平方メートルから七九万五三二二平方メートルに更正する旨の更正登記の申請をし、村上支局所属の登記官遠山清光(以下「遠山登記官」という。)は、右同日、右土地について右申請どおりの更正登記(以下「本件第一更正登記」という。)をした。
(二) 高千穂工業株式会社(以下「高千穂工業」という。)は、昭和四七年二月二日、村上支局に対し、南調査士を代理人として、その所有にかかる別紙第一物件目録(二)記載の土地(以下「本体(二)の土地」という。)の登記簿上の地積を錯誤を原因として一万〇九〇八平方メートルから六五万五二〇八平方メートルに更正する旨の更正登記の申請をし、村上支局所属の登記官田中義性(以下「田中登記官」という。)は、右同日、本件(二)の土地について右申請どおりの更正登記(以下「本件第二更正登記」という。)をした。
(三) 本件(一)及び(二)の各土地については、本件第一及び第二各更正登記後、所有権の移転登記や担保権の設定登記が行われ、更に、昭和五三年二月二三日の競落を原因とする所有権移転登記もされた。
(四) 原告は、昭和五四年六月二六日、株式会社全農信販(以下「全農信販」という。)との間に、原告は全農信販に対して一二〇〇万円を返済期限同年一一月七日、利息年一割五分、遅延損害金年三割との約定により貸し渡す旨の契約(以下「本件契約」という。)並びに右貸金の担保として本件(一)及び(二)の各土地並びに別紙第一物件目録(三)及び(四)記載の各土地(以下それぞれ「本件(三)の土地」、「本件(四)の土地」という。)について極度額一五〇〇万円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定する旨の契約を各締結し、全農信販に対し、一二〇〇万円を貸し渡した。そして、原告は、村上支局同年九月二五日受付第九九九二号をもつて、本件(一)ないし(四)の各土地について左記のとおりの本件根抵当権の設定登記を経由した。
記
原因 昭和五四年二月一四日設定
極度額 一五〇〇万円
債権の範囲 金銭消費貸借取引、手形債権、小切手債権
債務者 全農信販
債権者 原告
(五) 原告は、昭和五五年八月七日、新潟地方裁判所村上支部に対し、本件根抵当権に基づき、本件(一)の土地について競売の申立て(同支部同年(ケ)第一一号)をし、同月八日、同支部から、右土地について競売手続開始決定を得、右同日、右土地についてその旨の登記がされた。ところが、その後、右競売手続において右土地について鑑定のため現地調査がされた結果右土地の登記簿上の地積と実際の地積との間に著しい差異が存することが判明したため、原告は、右支部に対し、本件根抵当権に基づき、更に、本件(二)ないし(四)の各土地についても競売の申立て(同支部同年(ケ)第一四号)をし、同年一〇月二〇日、同支部から、右各土地について競売手続開始決定を得、右同日、右各土地について差押えの登記もされたが、その後、右各競売手続の進行は停止された。
(六) 村上支局の登記官は、その後の昭和五六年七月一日、いずれも職権により、本件(一)及び(二)の各土地について、本件第一及び第二各更正登記の錯誤を原因として、右各土地の地積を右各更正登記前の地積に更正する旨の各更正登記(以下「本件再更正登記」という。)をした。
2 被告の責任
(一) 不動産の表示に関する登記についての登記官の職責
不動産の表示に関する登記は、全国の不動産の物理的状況や位置等の現況を客観的に把握し、これを公示するとともに、不動産に関する正確かつ円滑な権利変動にも奉仕する機能を有し、国民に対する関係において、その公示する内容どおりの不動産の存在について保証的役割を果たしている。このため、不動産の表示に関する登記については、その公示内容が不動産の現況に合致することが強く要請され、国は、不動産の表示に関する登記に対する国民の信頼に応えるため、その公示内容の正確性について、最大限の配慮をしなければならない。
右の観点から、不動産登記法二五条の二は、不動産の表示に関する登記について、職権主義を採用するとともに、同法五〇条一項は、登記官は、不動産の表示に関する登記の申請があつた場合に、「必要アルトキハ」、自ら当該不動産の表示に関する事項について調査することができる旨規定しており、また、同法四九条一〇号は、登記官は、申請者の掲げる不動産の表示に関する事項が右調査の結果に符合しない場合には、決定をもつて申請を却下しなければならない旨規定し、更に、同法の各規定を受けて定められた不動産登記事務取扱手続準則(昭和五二年九月三日民三第四四七三号法務省民事局長通達)八八条は、登記官は、不動産の表示に関する登記の申請があつた場合には、原則として実地調査を行うものとする旨を定めて、登記官に不動産の表示に関する事項について実質的審査権限を認めるとともに、右審査を行うべき職責を課しているのである。
(二) 各登記官の過失
本件第一更正登記を担当した遠山登記官及び本件第二更正登記を担当した田中登記官は、いずれも、南調査士が右各更正登記の申請にあたつて提出した、同調査士が正式の測量作業を行うことなく目測のみによつて作製した本件(一)及び(二)の各土地についての虚偽の地積測量図及び同調査士作成の虚偽の実地調査書並びに本件(一)及び(二)の各土地の各隣接土地の所有者作成名義の右各隣接土地の所有者はその所有地と本件(一)又は(二)の各土地との境界及び本件(一)又は(二)の各土地の各所有者が右各土地について地積更正登記をすることについていずれも異議がない旨の印鑑証明書添付の承諾書等を安易に信頼して、右各土地について実地調査をすることなく前記各更正登記をしたのである。
しかしながら、(ア)本件第一更正登記は本件(一)の土地について従来の地積を約二〇〇倍に、本件第二更正登記は本件(二)の土地について従来の地積を約六〇倍にそれぞれ更正するという通常予測される縄延びの範囲を逸脱した異常な内容のものであつたのであり、そのほかにも、(イ)本件(一)及び(二)の各土地の所在する新潟県村上市大字馬下地区(以下「馬下地区」という。)においては、いずれも南調査士を代理人としての申請により、遠山登記官の担当で、別紙第二物件目録の「土地の表示」欄記載の三筆の各土地について、同目録の「地積更正登記の日」欄記載のように昭和四一年六月七日及び本件第一更正登記直前の昭和四五年一〇月二〇日に、その登記簿上の地積を同目録の「地積更正登記後の地積」欄記載のとおり従前の地積の約四〇倍ないし七〇倍に更正する旨の各更正登記がされており、しかも、右三筆の土地と本件(一)及び(二)の各土地の登記簿上の地積の合計は、従前は馬下地区の総面積の一パーセントにも満たなかつたにもかかわらず、右各更正登記の結果馬下地区の総面積の六〇パーセントを占めることとなつたのであるから、遠山登記官は当然に本件第一更正登記の申請内容の異常さに気付くべきであつたこと、(ウ)本件(一)及び(二)の各土地は、新潟県村上市の中心から北方約一四キロメートル、馬下地区の集落から東方約一・三キロメートル離れたところに位置する、一面雑木林で覆われた山道もない急斜面の山岳地であり、当時既に六〇歳を超える高齢であつた南調査士の容易に立ち入り難い場所的状況にあつたこと、(エ)本件第一及び第二各更正登記の申請の際に提出された各地積測量図は、いずれも甚だ簡単なもので、その縮尺も、前記不動産登記事務取扱手続準則九七条二項三号が本件(一)及び(二)の各土地のような山林地域では五〇〇分の一又は一〇〇〇分の一で作製すべきものと定めているのに、五〇〇〇分の一で作製されていること、(オ)村上支局に備え付けられていた公図によつては、本件(一)及び(二)の各土地の隣接土地の状況を把握することができなかつたこと、(カ)南調査士が本件(一)の土地の隣接土地の状況を明らかにするために提出した馬下地区に所在する市井義三(以下「市井」という。)所有の山林等の管理人である駒沢某(以下「駒沢」という。)所持の図面(以下「山図面」という。)及び本件(二)の土地の隣接土地の状況を明らかにするために提出した土地所在図は、いずれも公的な図面ではなく、かつ、本件第一更正登記の申請の際に提出された前記地積測量図と右山図面との間には矛盾する点も存したこと、(キ)本件第二更正登記の申請については、南調査士が作成した本件(二)の土地の実地調査書には現地測量調査を昭和四三年一〇月二日から始め昭和四四年六月二日に完了した旨の記載があるにもかかわらず、地積測量図の作製日付は測量調査完了から九か月以上経過した昭和四五年三月一八日であり、しかも、南調査士が右地積測量図に基づき本件第二更正登記の申請を行つたのは昭和四七年二月二日であつて、同一代理人による一連の登記手続としては時日の隔たりが甚だしくて不自然であるうえ、(ク)本件第二更正登記の申請の際に提出された本件(二)の土地の隣接土地の所有者等の承諾書は、いずれも南調査士が必要事項を記入して右所有者等に押印してもらつて作成したものであり、しかも、右承諾書中には、本件(二)の土地の隣接土地の所有者ではない市井の承諾書が混じつていたり、本件第二更正登記の申請の一年前後以上も前に発行され有効期限をはるかに経過してしまつている印鑑証明書が添付されているものもあつたこと等本件第一及び第二各更正登記の申請については提出された地積測量図の正確性を疑わせるべき数々の問題点が存した。
したがつて、遠山登記官及び田中登記官は、それぞれ、本件第一及び第二各更正登記をするにあたり、本件(一)及び(二)の各土地について実地調査をすべき義務があつたものというべきところ、これを怠つて右各更正登記をしたのであるから、いずれも過失が存するというべきである。
3 損害
原告は、本件(一)及び(二)の各土地について、本件第一及び第二各更正登記後の登記簿上の地積を信頼して、全農信販に対する債権確保のために本件(一)ないし(四)の各土地について本件根抵当権の設定を受けたのであるが、右登記簿上の地積に基づき、原告が本件根抵当権に基づき本件(一)の土地について申し立てた競売手続においてされた坪当たり二〇〇円という同土地の鑑定価額に従い、本件(一)の土地の価額を算定すると四八二〇万円となり、右土地のみで原告の全農信販に対する前記債権一二〇〇万円を回収するのに十分であつたところ、本件再更正登記後の登記簿上の地積に基づき右鑑定評価額に従い算定すると、本件根抵当権の設定されている本件(一)ないし(四)の各土地を合わせても、その価額は合計一〇四万円にしかならず、競売手続費用を賄い得るにすぎないから、結局、原告は、全農信販に対する右債権一二〇〇万円及びこれに対する弁済期限の翌日である昭和五四年一一月八日から支払ずみまで年三割の割合による遅延損害金を回収することができず、同額の損害を被つたことになる。
4 結論
よつて、原告は、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、前記原告の被つた損害である一二〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一一月八日から支払ずみまで年三割の割合による金員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1(一)ないし(三)の事実は、認める。
(二) 同1(四)の事実のうち、本件(一)ないし(四)の各土地について、原告主張のとおりの根抵当権設定登記がされていることは認めるが、その余は知らない。
(三) 同1(五)の事実のうち、本件(一)ないし(四)の各土地について、それぞれ原告主張の競売申立てに基づく登記がされていることは認めるが、その余は知らない。
(四) 同1(六)の事実は、認める。
2(一) 同2(一)の事実のうち、不動産の表示に関する登記が原告主張のとおりの機能を有すること、不動産登記法五〇条一項及び四九条一〇号並びに不動産登記事務取扱手続準則(昭和五二年九月三日民三第四四七三号法務省民事局長通達)八八条が原告主張のとおり規定していることは認めるが、その余の主張は争う。
(二) 同2(二)の事実のうち、遠山登記官及び田中登記官が南調査士提出の地積測量図等を安易に信頼したとの点は否認し、南調査士が作製した本件(一)及び(二)の各土地の地積測量図が正式の測量作業を行うことなく目測のみによつて作製されたものであること、同調査士の作成した右各土地の実地調査書が虚偽のものであること、本件(一)及び(二)の各土地並びに別紙第二物件目録の「土地の表示」欄記載の各土地の登記簿上の地積の合計が原告主張の各地積更正登記前は馬下地区の総面積の一パーセントにも満たなかつたにもかかわらず、右各更正登記後は馬下地区の総面積の六〇パーセントを占めることになつたこと、南調査士が本件第一更正登記の申請の際に提出した地積測量図と山図面との間には矛盾する点が存したこと、本件第二更正登記申請の際に提出された本件(二)の土地の隣接土地の所有者等の承諾書はいずれも南調査士が必要事項を記入して右所有者等に押印してもらつて作成したものであることはいずれも知らず、その余は認めるが、その主張は争う。
3 同3の事実は、知らない。
三 被告の主張
1 各登記官の過失の不存在
(一) 不動産の表示に関する登記についての登記官の実地調査義務の内容について
不動産登記法五〇条一項は、登記官は、不動産の表示に関する登記の申請があつた場合に、「必要アルトキハ」自ら当該不動産の表示に関する事項について調査することができる旨規定しているが、右「必要アルトキ」の意義については規定するところがないから、具体的な場合における調査の必要性の有無は登記官の合理的な判断に委ねているものと解すべきである。そして、不動産の表示に関する登記については、申請書の添付書類等により不動産の現況を把握することができ、当該申請にかかる登記事項の正確性が担保されていると認められる場合には、更に登記官自ら実地調査をして登記事項の正確性について確認する必要はないものというべく、本件第一更正登記について適用された不動産登記事務取扱手続準則(昭和三八年四月一五日民事甲第九三一号法務省民事局長通達)(以下「三八年準則」という。)七九条ただし書三号及び本件第二更正登記について適用された不動産登記事務取扱手続準則(昭和四六年三月一五日民事甲第五五七号法務省民事局長通達)(以下「四六年準則」という。)八二条ただし書三号も、いずれも、登記官は、不動産の表示に関する登記の申請書の添付書類又は公知の事実等により当該申請にかかる事項が相当と認められる場合には、実地調査を省略しても差し支えない旨規定している。そして、新潟地方法務局管内においては、法務省設置法一三条の二第二項並びに法務局及び地方法務局組織規程一八条二項に基づき、右各準則の内容を更に具体的に明らかにした土地建物実地調査実施要領(昭和四一年一〇月一日新潟地方法務局長訓令第一〇号)(以下「実施要領」という。)が定められており、その一〇条一項三号は、前記各準則の規定する登記官が実地調査を省略し得る場合について、「土地家屋調査士の作成にかかる実地調査書を添付して申請があつたもの。ただし当該調査の方法または認定について疑義がある場合を除く。」旨規定しているが、これは、土地家屋調査士制度の趣旨に基づくものであつて、土地家屋調査士法一条及び二条の規定からも明らかなとおり、土地家屋調査士は、不動産の表示に関する登記手続の円滑な実施に資するため、現地を実地調査して現況を確認し、現況どおりに必要な書面を作成することを職責とするものであるから、土地家屋調査士が作成した書面は、土地家屋調査士がその職責上当該不動産の現況を専門的知識に基づき十分確認して正確に作成したものであると一応推認することができるのであり、したがつて、土地家屋調査士の作成にかかる書面を添付して不動産の表示に関する登記の申請がされた場合には、書面の内容の正確性について疑いを抱くべき特段の事情が存しない限り、登記官は改めて当該不動産について実地調査をする必要はないものというべきである。
(二) そして、これを本件についてみると、遠山登記官及び田中登記官が本件第一及び第二各更正登記をするにあたつては、南調査士から同調査士が不動産登記法施行細則(昭和五二年法務省令第五四号による改正前のもの。)(以下「細則」という。)四二条の四第一項の定めるところに従い適式に作製した地積測量図、同調査士作成の本件(一)及び(二)の各土地の各隣接土地の所有者等の現地立会いを得て本件(一)及び(二)の各土地とその隣接土地との境界について確認をした結果右境界については争いがない旨並びに本件(一)及び(二)の各土地について実地測量を実施した旨等が記載された実地調査書、並びに本件(一)及び(二)の各土地の各隣接土地の所有者等作成名義の右所有者等は自己の所有土地等と本件(一)及び(二)の各土地との境界並びに本件(一)及び(二)の各土地の各所有者が右各土地について地積更正登記をすることについていずれも異議がない旨の記載された印鑑証明書添付の承諾書が提出されていたのであり、これらの書類から、一応、南調査士が現地を実地調査して現況どおりに図面を作製したものと推認され、また、本件(一)及び(二)の各土地の隣接土地所有者らにおいても、右実地調査に立ち会い、本件(一)及び(二)の各土地とその隣接土地との境界について誤りのないことを確認し、本件(一)及び(二)の各土地の地積更正登記に異存がないものと認められたのであり、しかも、遠山登記官及び田中登記官は、南調査士から提出を受けた山図面又は土地所在図により本件(一)及び(二)の各土地の隣接土地の所有関係を確認したり、同調査士に対して口頭で右各書類の記載内容について誤りがないかどうかを質問して確認し、記載内容について誤りがないとの心証を得たのであるから、本件につき、申請内容の正確性を把握するために更に実地調査をしなければならない特段の事情はなかつたものというべきである。したがつて、右各登記官が実地調査をすることなく右各更正登記をしたことについては、なんらの過失もない。
(三) ところで、原告は、本件各地積更正は通常予想できる縄延びの範囲を著しく逸脱しているから、実地調査をすべきであつたと主張する。
しかしながら、現在の土地登記簿の表題部の地積欄に記載されている地積の表示は、昭和三五年に登記簿・台帳の一元化が図られたときに土地台帳から移記されたものであるところ、土地台帳記載の地積は、明治初期の地租改正事業によるいわゆる地押丈量が基礎となつているのであるが、地租改正は元来貢租の主要な賦課対象である田・畑等の耕地を主眼としたものであり、宅地・山林・原野等は従たる地位を占めるものにすぎなかつたため、広漠としたあるいは人の足を踏み入れない山林・原野、特に深山幽谷に至つては正確な実測は行われなかつたのであり、これらの山林・原野については現在において実測すると多大ないわゆる縄延びのあるところが少なくなく、近時の新潟県下における深山幽谷の地で地積更正された事例を見てみると約一五六倍、約一九〇倍及び約二〇三倍という事例が見られ、また、馬下地区に限つても約四〇倍ないし約八〇倍という事例が四件見られるのである。かかる事実からすれば、少なくとも新潟県下においては四〇倍ないし二〇〇倍の地積更正は通常予想される縄延びの範囲を逸脱しているとはいえないというべきである。そして、本件(一)及び(二)の各土地については、旧土地台帳時代以来本件第一及び第二各更正登記がされるまでの間地積更正がされたことは一度もなかつたのであり、しかも、地目も山林であり、いずれも、南西側が標高約一八〇メートルから二〇〇メートル、北東側が標高約四二〇メートルから約五〇〇メートル、傾斜角約四〇度の急斜面で、一面雑木で覆われた山道もない土地であることから、縄延びがあり、それも著しいであろうことは容易に推認し得たところである。したがつて、本件第一及び第二各更正登記における地積更正の程度は通常予想される縄延びの範囲を逸脱するものとはいえず、したがつて、遠山登記官及び田中登記官が右各更正登記にあたつて本件(一)及び(二)の各土地を実地調査をしなかつたことについて過失はない。
(四) また、本件第一及び第二各更正登記の申請の際に提出された各地積測量図がいずれも五〇〇〇分の一の縮尺で作製されていたことは、原告主張のとおりであるが、細則四二条の四第一項は、不動産登記法八〇条二項等の規定により必要とされる地積測量図について、「地積の測量図は、三〇〇分の一の縮尺によりこれを作製する。ただし、この縮尺によることを適当とせざるときは、適宜の縮尺によりこれを作製することを得。」と規定し、また、三八年準則八九条二項及び四六年準則九一条二項は、いずれも、林野地域における地積の測量図は、おおむね一〇〇〇分の一ないし三〇〇〇分の一の縮尺により作製するものとする旨規定しているところ、これは、公示の便宜上地積測量図の縮尺をでき得る限り統一することが相当であるとの考慮に基づくものであり、右縮尺の基準によらない地積測量図を添付して登記の申請がされたからといつて、直ちに右申請に疑義が存するとはいえず、本件(一)及び(二)の各土地については、いずれも広大な土地であるために、前記一〇〇〇分の一ないし三〇〇〇分の一の縮尺によることなく、五〇〇〇分の一の縮尺により地積測量図が作製されたものと認められるのであつて、右各地積測量図にはなんらの疑義も存しない。
(五) また、本件第二更正登記申請の際に提出された本件(二)の土地の隣接土地の所有者等の承諾書中に隣接土地の所有者でない市井の承諾書が混じつていたとの点については、地積を測量するための前提である隣接土地との境界を確認するにあたつては、隣接土地の所有者から境界及び地積の更正登記に異存がない旨の承諾書の提出を受けるだけでなく、土地の境界等についてもつとも熟知していると認められる者からも隣接土地との境界等に誤りがない旨を確認する書面を得ることがより相当であることはいうまでもないところ、市井は、本件(二)の土地の前所有者であつて、右土地付近の山林も所有しており、本件(二)の土地の境界等をよく熟知しているものと認められるのであるから、同人の承諾書が提出されていたからといつて、南調査士の作製した地積測量図の正確性について疑いを差し挟むべき余地はない。
(六) 更に、本件第二更正登記の申請の際に提出された本件(二)の土地の隣接土地の所有者等の承諾書に添付されていた印鑑証明書中には有効期限を経過したものもあつたとの点についても、右承諾書に添付される印鑑証明書は、当該承諾書が作成名義人により真正に作成されたものであることを担保するためのものであるから、印鑑証明書の作成日付は、承諾書の作成日付に近い方が右趣旨に合致するものではあるが、細則上隣接土地所有者等の承諾書に添付すべき印鑑証明書には有効期限の定めはないことも考慮すると、右承諾書添付の印鑑証明書の作成日付が地積更正登記の申請の日とかけ離れていることをもつて、直ちに右承諾書に疑義が存するということはできない。
2 損害の不発生
原告は、本件契約締結の際、後藤昭及び金祥仁との間に、右後藤昭らは本件契約に基づき全農信販が原告に対して負う債務を連帯保証する旨の連帯保証契約を各締結しており、右各連帯保証契約に基づき右後藤昭らから債権を回収することができるのであるから、いまだ原告にはその主張のような損害は発生していないというべきである。
3 登記官の過失と損害との因果関係の不存在
一般に土地の登記簿上に表示された地積が必ずしも当該土地の実際の地積に合致するものではなく、殊に本件(一)及び(二)の各土地のような山林は、登記簿上に表示された地積と比較して実際の地積に大幅な縄延びや縄縮みが見られることがあることは、取引の常識となつている。したがつて、土地の売買等の取引にあたり登記簿記載の地積を表示することは、それが特に契約当事者間においてその地積の存することを実測するなどして確保し、その地積を基礎として売買代金や担保物の価値を定めた場合でない限り、それは単に目的物である土地を特定するための手段として行われているにすぎず、当該物件の数量を指示した取引にはならないものと解すべきである。これを本件についてみると、原告は、本件根抵当権の設定契約を締結するにあたり、担保物件である本件(一)ないし(四)の各土地について登記簿上の地積の存在を基礎として根抵当権を設定するのであれば、その現地調査をし、登記簿上の地積が現実に存するか否かを確認すべきであるにもかかわらず、原告は、右の点についてなんらの調査もしていないのであるから、原告は、本件(一)ないし(四)の各土地それ自体に本件根抵当権を設定したものというべきであり、面積等の記載は、目的物件を特定するためのいわば補助的手段にとどまるものというべきである。結局、原告が本件(一)及び(二)の各土地について登記簿上の地積があるものと誤信して本件根抵当権設定契約を締結したことは、原告の不十分な調査によるものであり、右各土地が登記簿上の表示どおりの地積を有していなかつたため原告に損害が生じたとしても、登記官が右各土地について本件第一及び第二各更正登記をしたことと原告の右損害との間には、相当因果関係はない。
4 過失相殺
前記のとおり、原告には、本件(一)及び(二)の各土地について本件根抵当権の設定を受けるにあたり、右各土地が登記簿上に表示されたとおりの地積を有するか否かその他当該土地が原告の予想したとおりの担保価値を有するか否かについて十分な調査をしなかつた過失が存するから、仮に原告に原告主張の損害が認められるとしても、過失相殺を免れない。
四 被告の主張に対する認否
1(一) 被告の主張1(一)の事実のうち、実施要領の存在及び内容は知らないが、不動産登記法五〇条一項、三八年準則七九条ただし書三号及び四六年準則八二条ただし書三号の各内容は認め、その主張は争う。
(二) 同1(二)ないし(六)の主張は、争う。
2 同2の事実のうち、原告が後藤昭及び金祥仁との間に被告主張のような連帯保証契約を各締結したことは認めるが、その余は否認し、その主張は争う。
3 同3の事実のうち、原告が、本件(一)及び(二)の各土地について本件根抵当権の設定を受けた際、右各土地の登記簿上の地積の表示を信用し、右各土地について実地調査をしなかつたことは認めるが、その余は否認し、その主張は争う。
4 同4の事実のうち、原告が本件(一)及び(二)の各土地について実地調査をしなかつたことは認めるが、その余は否認し、その主張は争う。
第三証拠 <略>
理由
一 本件の経緯
請求原因1(一)ないし(三)及び(六)の事実、馬下地区においては、いずれも南調査士を代理人としての申請により、遠山登記官の担当で、別紙第二物件目録の「土地の表示」欄記載の各土地について、同目録の「地積更正登記の日」欄記載の各日に、その登記簿上の地積を同目録の「地積更正登記後の地積」欄記載のとおり従前の地積の約四〇倍ないし七〇倍に更正する旨の各更正登記がされていること、村上支局備付けの公図によつては本件(二)の土地の隣接土地の状況を明らかにすることができなかつたこと、南調査士は、本件第二更正登記の申請の際、村上支局に対し、本件(二)の土地のもと所有者である市井作成名義の同人は本件(二)の土地の境界及び高千穂工業が右土地について地積更正登記をすることについていずれも異議がない旨の承諾書を提出したこと、原告は、全農信販との間に本件契約を締結した際、後藤昭及び金祥仁との間に、右両名は本件契約に基づき全農信販が原告に対して負う債務を連帯保証する旨の契約を各締結したこと、本件(一)ないし(四)の各土地について昭和五四年九月二五日本件根抵当権の設定登記がされたこと、本件(一)の土地について昭和五五年八月八日新潟地方裁判所村上支部の競売手続開始決定に基づく登記がされたこと、本件(二)ないし(四)の各土地について同年一〇月二〇日右支部の競売手続開始決定に基づく差押えの登記がされたことは、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実と、<証拠略>を総合すると、次の事実が認められ、<証拠略>中右認定に反する部分はいずれも信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
1 横山は、昭和四〇年秋ころ、南調査士に対し、横山が転売目的で購入した別紙第二物件目録の「土地の表示」欄(一)記載の土地について測量を依頼した。そこで、南調査士は、その後、横山とともに、右土地の付近まで行つて、その境界の一部と思われる部分の距離を目測し、右土地のもと所有者である市井に依頼されて右土地の近隣の土地を管理していた駒沢から交付を受けた山図面及び新潟県村上市役所備付けの右土地の地図(以下「更正図」という。)等を参考にしつつ村上支局備付けの右土地の公図を基礎として作製した図面に、前記目測の結果得られた数値を記入し、目測もできなかつた部分については適宜数値を調整して記入して、右土地についての地積測量図を作製し、昭和四一年六月七日、村上支局に対し、当時右土地の登記簿上の所有名義人であつた桑原茂三郎の代理人として、右地積測量図を添付して右土地の登記簿上の地積を錯誤を原因として別紙第二物件目録の「地積更正登記後の地積」欄記載のとおり更正する旨の更正登記の申請をし、村上支局所属の遠山登記官は、右同日、右土地について右申請どおりの更正登記をした。
その後、南調査士は、横山から、本件(一)及び(二)の各土地並びに別紙第二物件目録の「土地の表示」欄(二)及び(三)記載の各土地についても右同様の依頼を受け、右同様山図面及び右各土地についての更正図を参考にしつつ右各土地の公図上の地形、距離等及び右各土地の境界の一部と思われる部分についての前同様目測により得た数値を基礎として右各土地についての地積測量図を作製し、昭和四五年一〇月二〇日、村上支局に対し、当時別紙第二物件目録の「土地の表示」欄(二)及び(三)記載の各土地の登記簿上の所有名義人であつた渡辺ヨキの代理人として、右各地積測量図を添付して右各土地の登記簿上の地積をいずれも錯誤を原因として別紙第二物件目録の「地積更正登記後の地積」欄記載のとおり各更正する旨の更正登記の申請をし、遠山登記官は、右同日、右各土地について右各申請どおり各更正登記をした。
2 また、南調査士は、昭和四五年一〇月二四日、村上支局に対し、横山の代理人として、本件(一)の土地についてその登記簿上の地積を錯誤を原因として四〇二〇平方メートルから七九万五三二二平方メートルに更正する旨の更正登記の申請をし、遠山登記官は、右同日、右土地について本件第一更正登記をした。
その後、横山は、同年一一月三〇日、高千穂工業に対し、本件(一)の土地を売却し、同年一二月一日、その旨の所有権移転登記を経由した。
3 次いで、南調査士は、昭和四七年一月一七日、村上支局に対し、当時本件(二)の土地の所有名義人であつた高千穂工業の代理人として、右土地の登記簿上の地積を錯誤を原因として一万〇九〇八平方メートルから六五万五二〇八平方メートルに更正する旨の更正登記の申請をしたが、右申請を審査した村上支局所属の登記専門職加藤正博(以下「加藤事務官」という。)は、南調査士から提出された添付書類中の右土地の隣接土地の一つである新潟県村上市大字馬下字小高沢一二四五番一の所有者である鈴木和雄作成名義の同人は養母である鈴木イヨに対して右土地等の管理を委任していることを証明する旨の証明書に印鑑証明書が添付されておらず、また、本件(二)の土地の公図によつては右土地の隣接土地の状況が一部明らかにできなかつたことから、南調査士に対し、いつたん前記申請を取り下げ、鈴木和雄の印鑑証明書及び本件(二)の土地のもと所有者である市井の右土地の境界が南調査士の作製した地積測量図のとおりであることを証明する内容の書面を添付して、改めて申請するよう促した。そこで、南調査士は、右申請を取り下げ、同年二月二日、村上支局に対し、新たに鈴木和雄及び市井各作成名義の本件(二)の土地の境界及び高千穂工業が本件(二)の土地について地積更正登記をすることについていずれも異議がない旨が記載され、南調査士作製の本件(二)の土地の地積測量図及び印鑑証明書が各添付された承諾書を追加して、本件(二)の土地について前同様の内容の更正登記の申請をし、その結果、田中登記官は、右同日、右土地のついて本件第二更正登記をした。
4 高千穂工業は、本件(一)ないし(三)の各土地について昭和四七年五月一七日、本件(四)の土地について同年八月二一日、それぞれ株式会社トーメンのために根抵当権を設定し、本件(一)ないし(三)の各土地について同年五月一九日、本件(四)の土地について同年八月二九日に右各根抵当権の設定登記を経由した。右各土地は、その後、昭和四八年一月二四日株式会社トーメンから関西商事株式会社に対して右根抵当権が譲渡され、同年三月二四日その旨の登記がされ、昭和五一年一二月二七日関西商事株式会社により新潟地方裁判所村上支部に対して競売申立てがされ、競売手続が開始されたが、昭和五三年二月二三日保科タイ子によつて競落され、同年五月一八日その旨の所有権移転登記がされ、次いで、昭和五三年五月二六日保科タイ子から中村惣一郎に対して売却され、同年五月二九日その旨の所有権移転登記がされ、更に、昭和五四年一月二五日中村惣一郎から朝日ビルデイング株式会社(以下「朝日ビル」という。)に対して売却され、同年二月九日その旨の所有権移転登記がされた。なお、この間、右各土地について、抵当権等も設定され、その旨の登記もされた。
5 原告は、昭和五四年六月二六日、全農信販との間に、本件契約を締結し、全農信販に対し、一二〇〇万円を貸し渡した。この際、原告は、右貸金の担保として、全農信販との間に、当時既に同社が朝日ビルから購入していた本件(一)ないし(四)の各土地について本件根抵当権の設定契約を締結し、全農信販から、本件根抵当権の設定登記手続に必要な書類及び本件契約について公正証書を作成するのに必要な書類の各交付を受けるとともに、後藤昭及び金祥仁との間に、右両名は本件契約に基づき全農信販が原告に対して負う債務について連帯保証する旨の契約を締結した。そして、原告は、その後、全農信販から、本件契約の返済期限である同年一一月七日には債務の返済ができないので支払を猶予してほしい旨の連絡を受けたため、同年九月二五日、本件(一)ないし(四)の各土地について本件根抵当権の設定登記(村上支局右同日受付第九九九二号)を経由し、同年一一月五日には、本件契約について公正証書を作成した。しかしながら、全農信販は、その後の昭和五五年六月一九日、東京手形交換所における取引停止処分を受け、事実上倒産するに至つた。
6 そこで、原告は、昭和五五年八月七日、新潟地方裁判所村上支部に対し、本件根抵当権に基づき本件(一)の土地について競売の申立て(同支部同年(ケ)第一一号)をしたところ、同月八日、同支部において、右土地について競売手続開始決定がされ、右同日、右土地についてその旨の登記がされた。
ところが、右競売手続において鑑定人が本件(一)の土地について調査をしたところ、登記簿上の地積と実際の地積との間に大幅な差異があり、隣接土地との境界も全く不明であつて、改めて隣接土地の所有者の立会いのもとに境界を確認したうえ実測し直さなければ右土地の価格を評価することができず、かつ、右土地の価格が右測量等の費用を賄うにも足りないおそれのあることが判明したため、前記支部の書記官は、同年九月一三日、原告に対し、右事情を説明するとともに、原告の今後の手続の進行についての意見を求める内容の「照会書」と題する書面を発送し、右書面は、そのころ原告に到達した。
このため、原告は、右書面到達後、前記支部に対し、本件根抵当権に基づき、更に、本件(二)ないし(四)の各土地についても競売の申立て(同支部同年(ケ)第一四号)をし、これに基づき、同支部は、同年一〇月二〇日、右各土地について競売手続開始決定をし、右同日、右各土地について差押えの登記もされた。
7 ところで、本件(一)及び(二)の各土地並びに別紙第二物件目録の「土地の表示」欄記載の三筆の各土地については、昭和五四年一一月ころから、右各土地についてされた前記各地積更正登記による地積の増加が異常に大きいことが新聞で取り上げられる等して問題となつたところから、新潟地方法務局は、昭和五五年一一月二五日及び同月二六日の両日、右計五筆の土地のうち別紙第二物件目録の「土地の表示」欄(一)記載の土地を除く四筆の土地について実地に境界等の調査をしたうえ、同年一二月五日、右各土地について実地に地積の検測をし、更に、そのころ、別紙第二物件目録の「土地の表示」欄(一)記載の土地についても新潟県村上市森林基本図を基礎として図上において地積の検測をし、別紙地積比較表の「検測後の地積」欄記載のとおりの結果を得た。
そこで、村上支局の登記官は、昭和五六年七月一日、右五筆の土地について、職権により、前記のとおり南調査士が右各土地の所有名義人の代理人としてした申請に応じてされた各地積更正登記による地積を再度右各地積更正登記前の地積にそれぞれ更正する旨の各更正登記をした。
8 なお、その後、本件(一)の土地についての前記競売手続において、右職権による再度の地積更正登記後の地積を基礎として右土地の価格について再鑑定がされ、二四万三六四〇円(一坪当たり二〇〇円)との評価額が得られたが、右評価額で右土地を競売したのでは手続費用さえ賄えないおそれがあるため、本件(一)ないし(四)の各土地についての各競売手続は、いずれも今日に至るまで停止した状態となつている。
二 各登記官の過失の有無について
1 不動産の表示に関する登記は、全国の不動産の物理的状況や位置等の現況を客観的に把握し、これを公示するとともに、不動産に関する正確かつ円滑な権利変動にも奉仕する機能を有しており、このことから、不動産登記法二五条の二は、不動産の表示に関する登記について職権主義を採用し、同法五〇条一項は、登記官は不動産の表示に関する登記の申請があつた場合に「必要アルトキハ」当該不動産の表示に関する事項について調査することができる旨を定め、同法四九条一〇号は、申請書の掲げる不動産の表示に関する事項が右調査の結果に符合しない場合には登記官は決定をもつて申請を却下しなければならない旨を定めている。そして、<証拠略>によれば、本件第一更正登記の申請について適用された三八年準則七八条は、登記官は事情の許す限り積極的に不動産の実地調査を励行し、その結果必要があるときは不動産の表示に関する登記を職権でしなければならない旨規定していることが認められ、また、本件第二更正登記の申請について適用された四六年準則八一条においても、右同旨を規定していることは、公知の事実である。
ところで、不動産登記法は、同法五〇条一項にいう右「必要アルトキ」の意義について具体的に定めていないから、登記官が不動産の表示に関する登記の申請があつた場合に改めて当該不動産の表示に関する事項について自ら調査をすることを要するか否かは担当登記官の合理的裁量に委ねられているものと解され、不動産の表示に関する登記の申請書の添付書類等により、不動産の現況を把握することができ、当該申請にかかる登記事項が不動産の現況に照らして十分正確であると認められる場合には、登記官が重ねて当該不動産の表示に関する事項について調査をする必要性は存しないものというべきである。そして、三八年準則七九条ただし書三号及び四六年準則八二条ただし書三号が、いずれも、登記官は不動産の表示に関する登記の申請書の添付書類又は公知の事実等により当該申請にかかる事項が相当と認められる場合には実地調査を省略しても差し支えない旨を規定していることは、当事者間に争いがないところ、右各準則の規定も、調査の必要性についての前記の趣旨を明らかにしたものと解される。
また、<証拠略>によれば、新潟地方法務局管内においては、昭和四一年一〇月一日付けの同法務局長訓令により、不動産の表示に関する登記等の実地調査について実施要領が定められており、その九条一項一号は、登記官は土地の地積更正の登記をする場合は原則として実地調査をするものとする旨規定し、その一〇条一項三号は、実施要領の定める様式に従つて土地家屋調査士の作成した実地調査書を添付してされた申請については、当該調査の方法又は認定について疑義がある場合を除き、登記官は、右九条一項一号の規定にかかわらず、実地調査を省略することができる旨規定していることが認められるが、右実施要領一〇条一項三号の定めるところは、前記認定の三八年準則七九条ただし書三号及び四六年準則八二条ただし書三号の定めるところを更に具体化したものといえ、その内容も、土地家屋調査士法が、不動産の表示に関する登記手続の円滑な実施に資し、もつて不動産にかかる国民の権利の明確化に寄与するため、土地家屋調査士の制度を設け(一条)、土地家屋調査士は、他人の依頼を受けて不動産の表示に関する登記につき必要な土地又は家屋に関する調査、測量、申請手続等をすることを業とするものとし(二条)、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければならないとしたうえ(一条の二)、土地家屋調査士はその業務に関して虚偽の調査又は測量をしてはならない旨定め(一二条)、土地家屋調査士がこれに違反したときは一年以下の懲役又は五〇万円以下の罰金に処することとし(二二条)、土地家屋調査士のする調査及び測量の正確性を保障していること、<証拠略>によれば、実施要領は、土地家屋調査士の作成する実地調査書には、調査の年月日のほか、登記原因及びその日付、土地の現在の利用状況、官公署の許認可の有無、地積測量の有無及びその方法、境界確認の方法及び境界についての紛争の有無並びに所有者又は管理人、隣接土地の所有者等の立会いの有無及びその氏名についてそれぞれ調査の方法及び結果を記載すべきものとしていることが認められること等を考慮すると、相当ということができる。
2 そこで、次に本件第一及び第二各更正登記の申請に対する各登記官の審査について過失の有無を検討する。
(一) 本件第一更正登記の申請について
(1) 南調査士が本件第一更正登記の申請の際村上支局に対していずれも同調査士作成の地積測量図及び実地調査書並びに本件(一)の土地の隣接土地の所有者作成名義の本件(一)の土地との境界及び本件(一)の土地の所有者である横山が右土地の地積更正登記をすることについていずれも異議がない旨の印鑑証明書添付の承諾書を提出したこと、本件(一)の土地の公図によつては右土地の隣接土地の状況は把握できなかつたこと、南調査士が村上支局に対して本件(一)の土地の隣接土地の状況を明らかにするため馬下地区に所在する市井所有の山林等の管理人である駒沢の所持していた山図面を提出したこと、遠山登記官は本件(一)の土地について実地調査をしないで本件第一更正登記をしたことは、いずれも当事者間に争いがないところ、<証拠略>によれば、遠山登記官は、本件第一更正登記の申請を受けた際、村上支局備付けの公図からでは本件(一)の土地の隣接土地の状況を把握することのできない部分があつたため、南調査士に対し、右隣接土地の状況を把握することのできる資料の提出を求めたところ、南調査士は、これに応じて、かねて駒沢から入手していた山図面を提出したこと、遠山登記官は、地積測量図と公図とを対照して本件(一)の土地の形状を確認するとともに、右各図面と山図面とを対照して本件(一)の土地の隣接土地の状況を把握し、右隣接土地の所有者全員から前記承諾書が提出されていることをも確認し、更に、南調査士に対し、右土地の実地測量に要した日数などを質問した結果、本件(一)の土地については、南調査士は実地に隣接土地の所有者の立会いを得て境界を確認し、測量したものであり、したがつて、本件第一更正登記の申請事項は右書類等により本件(一)の土地の現況に照らして十分正確であり、改めて自ら実地調査をする必要はないものと判断して、実地調査をしないで本件第一更正登記をしたことが認められ、<証拠略>中右認定に反する部分はいずれも信用し難い。
(2) ところで、土地の地積の更正登記において、その申請事項が当該土地の現況に照らし正確であるといえるためには、まず、当該土地の境界が正しく確認されていることが必要であるが、<証拠略>によれば、本件(一)の土地に関する公図には、同土地等が分筆される以前の新潟県村上市大字馬下字トヒカ沢一二四七番が一筆の土地として記載されているため、同番二二の本件(一)の土地と南調査士作製の地積測量図に記載された同番一六及び同番二一の各土地との境界は明らかではないものの、それ以外の部分については、右地積測量図記載の本件(一)の土地の境界のおおよその形状及び隣接土地の字名等が右公図と一致することが認められるほか、<証拠略>によれば、本件第一更正登記の申請書に添付された南調査士作成の実地調査書には本件(一)の土地の境界については隣接土地の所有者の立会いを得て確認し、境界について紛争は存しない旨の記載が存したことが推認され、更に、<証拠略>によれば、前記認定の本件第一更正登記の申請書に添付された各隣接土地の所有者の承諾書には、南調査士の作製した地積測量図も添付されていたことを推認することができるのであつて、以上の事実によれば、遠山登記官が本件(一)の土地について境界が正しく確認されていると判断したことは相当であつたということができる。
なお、原告は、南調査士の作製した地積測量図と同調査士が遠山登記官に促されて後に提出した山図面との間には矛盾が存した旨主張するところ、<証拠略>等一応右事実の存在をうかがわせるかのような証拠が存在し、また、<証拠略>によれば、南調査士の作製した地積測量図と馬下地区の区長が所持する図面との間には本件(一)の土地の形状等について矛盾する点が存することが認められる。しかしながら、<証拠略>によれば、<証拠略>において南調査士の作製した地積測量図との間に矛盾が存したとされる図面は馬下地区の区長が所持していた右図面であることが認められるところ、<証拠略>によれば、南調査士が本件第一更正登記の申請の際遠山登記官に提出した山図面は駒沢が所持していたものであつて、馬下地区の区長が所持していた右図面とは別のものであつたことが認められるから、前記の原告の主張に一応沿う証拠は信用し難く、原告の右主張は採用することができない。
(3) 次に、細則四二条の四第一項は、不動産登記法八〇条二項等の規定により必要とされる地積測量図は三〇〇分の一の縮尺によりこれを作製する、ただし、この縮尺によることを適当としないときは、適宜の縮尺によりこれを作製する旨規定し、また、<証拠略>によれば、三八年準則八九条二項は、林野地域における地積測量図はおおむね一〇〇〇分の一ないし三〇〇〇分の一の縮尺により作製する旨規定していることが認められるところ、南調査士が本件第一更正登記の申請書に添付して提出した地積測量図は五〇〇〇分の一の縮尺により作製されていたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、右細則等の規定は、公示のための便宜上できる限り地積測量図の縮尺を統一することが望ましいとして、その一応の基準を明らかにしたものと解されるから、本件(一)の土地は相当面積の大きい山林であるので、右土地についての地積測量図を適宜右準則の定めるところより大きな縮尺により作製することも直ちに不相当とはいえない。そして、<証拠略>によれば、右地積測量図が右縮尺の点を除き細則四二条の四第一項の定めるところに従い適式に作製されていたことが認められ、また、<証拠略>によれば、南調査士の作成した実地調査書には南調査士は本件(一)の土地についてコンパス測量をしたうえ地積測量図を作製した旨の記載が存したことが推認されるから、遠山登記官が南調査士が本件(一)の土地について正確に実地測量をしたうえ地積測量図を作製したものと判断したことも、相当であつたということができる。
(4) もつとも、本件第一更正登記の申請の内容は、本件(一)の土地の従前の地積を約二〇〇倍に更正するというもので、その更正による地積の増加は相当大きなものであるといわざるを得ない。しかしながら、<証拠略>によれば、本件(一)の土地は、新潟県村上市大字馬下字トヒカ沢一二四七番の土地が明治三八年一二月同番の一ないし二六の各土地に分筆された後、同番の二二ないし二六の各土地が昭和四五年一〇月一九日合筆されてできたものであり、本件(一)の土地の本件第一更正登記前の地積は、右分筆前の土地についての土地台帳開設以来の同台帳上の地積の記載に基づくものであることが認められる。そして、本件(一)の土地が相当急峻な山岳地に所在することは当事者間に争いがないところ、このような山岳地においては、土地台帳上に記載された地積は必ずしも土地の現況に照らし正確なものではなく、相当大幅な縄延びが存することが多いことは公知の事実であるから、南調査士が右土地について行つたとされる測量及び実地調査の方法及び内容等に特に疑問を抱くべき事情が存しない限り、更正による地積の増加が大幅であることのみをもつて、直ちに登記官が右申請にかかる登記事項について実地調査をすべきであつたということはできない。
(5) また、南調査士が、別紙第二物件目録記載の各土地の地積更正登記についても右各土地の所有者の代理人として申請に関与し、遠山登記官が右各更正登記をしていることは前記認定のとおりであるが、前記認定のとおり右各申請の申請当事者は異なつていることも考慮すると、直ちに右事情から遠山登記官が本件第一更正登記の申請についてその内容の正確性に疑問を抱くべきであつたともいい難く、また、南調査士が本件第一更正登記の申請の際既に六〇歳を超す高齢であつたことは当事者間に争いがないが、右事実も直ちに前記認定の地積測量図及び実地調査書等の記載内容の信用性を覆すものではなく、遠山登記官が右申請の内容の正確性について疑問を抱くべきであつたとまではいい難い。
(6) そして、他に、南調査士が代理人としてした本件第一更正登記の申請について、遠山登記官が申請にかかる登記事項の正確性に関し疑問を抱くべきであつたと認めるべき事情が存したことを認めるに足りる証拠はない。
(7) 以上によれば、遠山登記官が本件第一更正登記の申請についてその添付書類の内容から本件(一)の土地の現況を把握でき、かつ、その申請にかかる更正後の地積が右土地の現況に照らし十分に正確であると判断したことには相当な理由が存したものと認められ、同登記官が右土地について実地調査を省略して本件第一更正登記をしたことに過失があつたとまではいうことができない。
(二) 本件第二更正登記の申請について
(1) 南調査士が、昭和四七年一月一七日、村上支局に対し、高千穂工業の代理人として本件第二更正登記の申請をしたが、加藤事務官の審査の結果、右申請をいつたん取り下げ、同年二月二日、新たに本件(二)の土地の隣接土地の所有者の一人である鈴木和雄及び本件(二)の土地のもと所有者である市井各作成名義の本件(二)の土地の境界及び高千穂工業が右土地について地積更正登記をすることについていずれも異議がない旨が記載され、南調査士作製の右土地の地積測量図及び印鑑証明書が各添付された承諾書を追加して、改めて本件第二更正登記の申請をし、田中登記官が右同日本件(二)の土地について本件第二更正登記をしたことは、前記認定のとおりであり、南調査士が右申請の際同調査士作製の本件(二)の土地の地積測量図及び実地調査書、鈴木和雄以外の各隣接土地の所有者作成名義の自己の所有地と本件(二)の土地との境界及び高千穂工業が右土地の地積更正登記をすることについていずれも異議がない旨の印鑑証明書添付の承諾書並びに本件(二)の土地についての土地所在図を提出したこと、田中登記官が本件(二)の土地について実地調査をしないで本件第二更正登記をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、南証言によれば、南調査士は右土地所在図を本件(二)の土地についての更正図に基づき作製したことが認められる。
(2) ところで、本件第二更正登記においても、その申請された登記事項の正確性の判断に際しては、まず、本件(二)の土地について境界が正しく確認されているか否かを審査することが必要であるが、<証拠略>によれば、南調査士作製の地積測量図及び土地所在図並びに本件(二)の土地の公図上に各表示された本件(二)の土地の形状はいずれもほぼ一致することが認められるほか、<証拠略>によれば、南調査士の作成した実地調査書には、本件(二)の土地の境界は南調査士が昭和四三年一〇月二日から昭和四四年六月二日までの間右土地を実地調査した際右土地の隣接土地の所有者である堀田長作及び井上吉郎並びに前記鈴木和雄の養母であり同人に代わつてその所有地を管理している鈴木イヨ等の立会いを得て確認したこと並びに境界について紛争は存しない旨が記載されていたことが認められ、また、<証拠略>によれば、本件第二更正登記の申請の際に提出された隣接土地の所有者の前記各承諾書には南調査士の作製した地積測量図も添付されていたことが認められ、更に、本件第二更正登記の申請を当初審査した加藤事務官が南調査士に対して養母の鈴木イヨに右隣接土地の管理を委任している旨の証明書を添え、鈴木イヨ作成名義で右承諾書を提出していた鈴木和雄についてその印鑑証明書を提出させること並びに本件(二)の土地の隣接土地の状況を明らかにするため本件(二)の土地のもと所有者である市井の右土地の境界が南調査士の作製した地積測量図のとおりであることを証明する内容の書面を提出することを促したところ、南調査士がこれに応じて前記の鈴木和雄の印鑑証明書添付の承諾書及び市井の承諾書を提出したことは前記認定のとおりである。以上の事実によれば、加藤事務官のした審査を引き継いだ田中登記官が、本件(二)の土地について境界が正しく確認されていると判断したことは相当であつたということができる。
なお、<証拠略>によれば、本件(二)の土地の公図には、本件(二)の土地の北側は沢に隣接し、また、右沢の北側は新潟県村上市大字馬下字大滝内に所在する土地に隣接する旨表示されているが、南調査士作製の地積測量図には、右沢の存在は表示されておらず、また、右公図上沢の北側に所在するように表示されている右字大滝内の土地とも隣接する旨の表示がないことが認められるが、加藤証言によれば、加藤事務官は、前記認定のとおり南調査士に対して本件第二更正登記の申請をいつたん取り下げるよう促した際、公図と地積測量図との間の右矛盾についても質問したところ、南調査士は、本件(二)の土地について実地調査したが、沢は存在せず、前記字大滝内の土地とも隣接していなかつた旨答えたことが認められ、前記認定のとおりその後本件(二)の土地のもと所有者である市井の右地積測量図を添付のうえ本件(二)の土地の境界に異議はない旨の承諾書が提出されていることも考慮すると、公図と地積測量図との間に右矛盾があることによつても、直ちにこれにより田中登記官が自ら本件(二)の土地について実地調査をすべきであつたとまでいうことはできない。
(3) また、南調査士作成の実地調査書に同調査士は昭和四三年一〇月二日から昭和四四年六月二日まで本件(二)の土地の現地測量調査をした旨の記載があることは前記認定のとおりであり、同調査士の作製した地積測量図の作製日付が右測量調査が完了してから九か月以上を経過した昭和四五年三月一八日であることは当事者間に争いがないところ、前記認定のとおり南調査士が本件第二更正登記の申請をしたのは昭和四七年に入つてからであり、実地調査、地積測量図の作製及び本件第二更正登記の申請のそれぞれの間に相当な時間的隔りが存することは原告主張のとおりであるが、右の一事をもつては、直ちに田中登記官が右実地調査書及び地積測量図の内容の正確性について当然疑問を抱くべきであつたというには足りない。殊に、<証拠略>によれば、前記認定の鈴木和雄作成名義の同人はその養母である鈴木イヨにその所有地の管理を委任している旨の証明書及び鈴木和雄作成名義の承諾書の作成日付は、いずれも昭和四六年一二月二八日であり、右証明書には鈴木和雄は外国航路の船員であつて日本には年に一、二回しか帰れない旨も記載されていることが認められるのであるから、右の本件第二更正登記の申請の遅れは鈴木和雄作成名義の右各書類の作成のために多くの時間を要したためと見る余地も存することを考慮すると、なおさら前記時間的隔りの存在から直ちに田中登記官が右実地調査書及び地積測量図の内容の正確性について疑問を抱き、本件(二)の土地について実地調査をすべきであつたということはできない。
(4) また、<証拠略>によれば、本件第二更正登記の申請の際提出された堀田長作、鈴木和雄、鈴木イヨ、井上吉郎及び市井の各承諾書は、いずれも南調査士が必要事項を記入したうえ、横山が右の者らから押印を得て作成されたものであることが認められるが、加藤事務官又は田中登記官が右のような右各承諾書の作成の事情を知つていたものと認めるに足りる証拠はなく、また、仮にこれを知つていたとしても、前記認定のとおり右各承諾書には右の者らの印鑑証明書が添付されていたことを考慮すると、直ちに田中登記官において右各承諾書が真実その作成名義人の意思に基づいて作成されたものであるか否かについて疑いを抱くべきであつたということはできない。
なお、本件第二更正登記は、昭和四七年一月一九日にいつたん申請がされ、その後取り下げられて、同年二月二日に改めて申請がされたことは前記認定のとおりであり、<証拠略>によれば、前記堀田長作の承諾書に添付された印鑑証明書の作成日付は昭和四六年三月一一日であり、井上吉郎の承諾書に添付された印鑑証明書の作成日付は昭和四五年一〇月一四日であることが認められるが、細則四二条の四は、右承諾書に添付すべき印鑑証明書については特に有効期限を定めておらず、<証拠略>によれば、堀田長作及び井上吉郎の各承諾書の作成日付がいずれも昭和四五年一一月二三日であると認められることも考慮すると、右印鑑証明書の作成日付と本件第二更正登記の申請された日が隔つていることをもつて、直ちに田中登記官が右各承諾書が作成名義人の意思に基づき作成されたものであるか否かについて疑問を抱くべきであつたということもできない。
(5) ところで、<証拠略>によれば、四六年準則九一条二項が細則四二条の四第一項の規定により必要とされる地積測量図の縮尺について三八年準則八九条二項と同旨の定めをしていることが認められるところ、南調査士の作製した本件(二)の土地の地積測量図が縮尺五〇〇〇分の一で作製されていたことは、当事者間に争いがない。
しかしながら、本件(二)の土地も相当面積の大きい山林であつたこと、<証拠略>によれば、南調査士作成の実地調査書には南調査士は本件(二)の土地についてコンパス測量をしたうえ地積測量図を作成した旨の記載が存したことが認められること並びに前記細則等の規定の趣旨を考慮すると、田中登記官が右地積測量図の内容の正確性及び真実性を信用したことも相当であつたといえることは本件第一更正登記の申請について述べたところと同様であり、本件第二更正登記の内容が従前の地積を約六〇倍に更正するというものであつた点も、<証拠略>によれば、本件(二)の土地の本件第二更正登記前の地積は右土地についての土地台帳開設以来の同台帳上の地積の記載に基づくものと認められること、前記認定のとおり本件(二)の土地が相当急峻な山岳地に存すること等を考慮すると、右土地について相当大幅な縄延びが生ずることも予想しえないことではないから、右地積の増大が相当大幅であつたことのみをもつては、直ちに田中登記官が本件(二)の土地について実地調査をすべきであつたといい得ないことも、本件第一更正登記の申請について述べたところと同様である。
(6) そして、他に、本件第二更正登記の申請について、田中登記官が申請にかかる登記事項の正確性に関し疑問を抱くべきであつたと認めるべき事情が存したことを認めるに足りる証拠はなく、田中登記官が右申請の際に添付された書類によりその申請を相当と認め、実地調査を省略して本件第二更正登記をしたことに過失の存在を認めることはできない。
三 結論
以上のとおり認定説示したところによれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石井健吾 寺尾洋 八木一洋)
第一物件目録、第二物件目録及び地積比較表 <略>